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編年史の数々

「昭和編年史」は昭和の重大な社会事件を、広く全国紙・地方紙にあたり、
経過を追って地元の反応まで含めて掲載しています。

「新聞集成昭和編年史」19年版II海外邦人新聞

昭和29年(1954年)3月の米国によるビキニ核実験で、第五福竜丸などの遠洋漁船が被災。
捕獲した汚染マグロは廃棄され、市民にマグロ恐怖が広がった。その後も米ソ冷戦下で核実験競争はますます激化し被害も深刻さを増していく。

「昭和編年史31年版掘P550(6.21中国)は、ビキニ水爆実験で放射能にさらされたマーシャル群島住民の深刻な被害の記事。

「昭和編年史31年版掘P565(6.22朝日)は、度重なる核実験の影響で日本に強い放射能雨が降っているという記事。

「昭和編年史34年版后P481(10.17朝日)は、牛乳にストロンチウム90が検出されたという記事。
米ソの核実験(地上)による放射能汚染は続いている。

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2011年3月の福島原発事故以来、日本の原子力行政のあり方が検証されているが、「昭和編年史」で戦後の原子力産業の推移を見ることができる。
1960年代、高度経済成長に伴い電力需要が高まり政府は原子力発電を推進、商業用原子炉として英国のコールダーホール型発電炉を輸入することになった。

「昭和編年史34年版后P39(9.4日本経済)、P447(10.14朝日)は、コールダーホール型原子炉導入問題の記事。

英国原子力公社原子炉安全部 F・R・ファーマー氏の論文では、東海村は原子炉設置基準に満たないとされていた。又当時、「昭和編年史34年版此P45(11.5毎日)に見られるように、東海村の原子力研究所に隣接する米軍水戸射爆撃場から米軍機が原研上空に飛来しその危険性も指摘されていた。(米軍水戸射爆撃場は、茨城県民の激しい返還運動が起こり1973年に返還された。)
昭和34年(1959年)11月、原子力委員会の原子炉安全審査部会が、英コールダーホール改良型発電用原子炉について「安全と認める」と結論。これに対し同部会委員の坂田昌一名大教授が「審査方法と結論内容には自分の意見が反映されず責任が持てない」と辞任を表明(「昭和編年史34年版此P175(11.17熊本日日))。しかし、政界・産業界の強い意向で導入された。
原子炉は昭和41年(1966年)7月より営業運転開始、日本初の商業用原子炉となった。(平成10年(1998年)に運転停止、現在廃炉作業中)

右端は「昭和編年史34年版此彿野別目次。産業・国土開発の項目で原子力産業関係記事を集めて掲載。

「新聞集成昭和編年史」19年版II海外邦人新聞

「昭和編年史34年版供P317(3.30毎日)は、砂川事件東京地裁判決の記事。

昭和32年(1957年)7月8日、東京調達局が日米安保条約に基づく土地収用法等により、東京都砂川町の米軍基地拡張のため測量を実施した時、反対する労組員・学生らが基地の柵を壊して数メートル入った。東京地検は安保条約の刑事特別法で7人を起訴。
34年3月30日、記事見出しのように、東京地裁は「米軍駐留は憲法違反」として全員に無罪判決を言渡す。この判決を裁判長の名をとって「伊達判決」と言い、国会で違憲判決、安保条約改定をめぐって与野党の論戦が繰り広げられた。
憲法9条解釈が法廷で論議された初めての判決である。(参考文献『日本の裁判史を読む事典』自由国民社) 



左は「昭和編年史34年版供彿野別目次・政治の項目の一部。

「新聞集成昭和編年史」19年版II海外邦人新聞

「昭和編年史34年版検P244(7.23熊本日日) は、 4大公害病の1つ、水俣病に関する地元紙の記事。熊本大学医学部水俣病研究班が、水俣病の原因物質は有機水銀であると公表したもの。

水俣病は新日本窒素(現チッソ)の廃液による公害病でメチル水銀による中毒性中枢神経疾患。昭和31年(1956年)に「原因不明の奇病」として水俣保健所が公表。原因物質は容易に特定されず、有機水銀説をとる熊本大学や厚生省食品衛生調査会に対し、新日本窒素が反論、化学工業界・学界などを巻きこんで論争が長引き、結果として被害の拡大・補償の増大を招いた。(参考文献『環境史年表』河出書房新社)



左は「昭和編年史34年版検彿野別目次。公害・災害・事故の項目で水俣病関係記事を分類して記載。他に水質・大気汚染や放射能汚染などの記事も分類。

「新聞集成昭和編年史」19年版II海外邦人新聞

「昭和編年史34年版検P415 (8.10朝日) は、松川事件公判記事。下山事件、三鷹事件に続く戦後の鉄道事件として全国的に注目される。

昭和22年(1947年)8月17日、東北本線松川駅付近で上り列車が転覆、機関士ら3人死亡3人負傷。国鉄・東芝労組員が首切り反対闘争の共謀犯として逮捕、起訴される。昭和34年8月10日、最高裁は17人有罪の仙台高裁の2審判決を破棄、差戻す。検察側の隠していた「諏訪メモ」が、被告人達のアリバイを証明するものとして明るみに出、検察の起訴事実が根底から覆される。公判では激烈な論争が展開された。(参考文献『日本の裁判史を読む事典』自由国民社)
昭和36年8月8日の仙台公判での差戻し判決で全員無罪判決。尚、最終判決記事を収録する「昭和編年史36年版検廚亙神26年刊行予定。

「昭和編年史34年版検P426(8.10河北) は、松川事件公判2審判決破棄・差戻し判決時の地元の反応の記事。

「新聞集成昭和編年史」19年版II海外邦人新聞

「昭和編年史34年版后P224 (9.23毎日) は、八海事件の広島高裁無罪判決記事。

八海事件は、昭和26年(1951年)1月24日山口県熊毛郡八海で起きた殺人事件。通算7回、17年9ヵ月間に及ぶ裁判で死刑を含む有罪と無罪が対立、最終的には真犯人以外の4人の無罪が確定した。裁判途中で弁護士が冤罪説を説く本を出しこの本を原作として広く世間に無罪を訴える映画『真昼の暗黒』が作られたり、一審裁判長が反撃するなど法廷外の論争も激しかった。昭和43年(1968年)10月の第3次上告審で最高裁が無罪判決。最高裁が下級審の事実認定を覆し無罪判決にしたのはこれが初めて。1950年代には静岡県の幸浦、山口県の二保、熊本県の免田などずさんな捜査・自白重視の弊害による冤罪事件が相次いだ。(参考文献『日本の裁判史を読む事典』自由国民社)

左下の 「昭和編年史34年版后P230(9.23中国)は、広島高裁差戻し判決公判時の地元紙の報道。
右下は「昭和編年史34年版后彿野別目次。犯罪・事件の項目では平事件、松川事件、砂川事件、造船疑獄、八海事件など事件毎に分類。

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